特集:煎餅屋のぐい呑み
落語なら志ん朝、JAZZならノラ・ジョーンズよ」という
東京下町の煎餅屋の旦那が、恋焦がれてつくったのが
木のぐい呑みでした。
     今宵、ご一献、
取材・構成・文 山口登志子 酒器撮影・松川裕 協力・「梅月堂」鈴木和夫
‘待ちわびる’煎餅屋

主人そっくりの熨斗紙
 東京白山の煎餅屋さんのご主人、鈴木和夫さんが、木製のオリジナルぐい呑みを趣味でつくってこられました。
「木のぐい呑みがあるんだよ」
「木によって、酒の味が変わるんだよ」
 煎餅屋なのにぐい呑み? それも木製? 味が変わる? これらの話が胸に落ちて行動を起こすまでに、いったい何年の月日が流れたことでしょう。しかし鈴木さんのある話だけは、ずっと胸に残っていたのです。
「あのサ、ぐい呑みを挽いてくれって、頼むよね。じゃ、今度は桑にして、とか。すると、出来上がるまでに一年くらいかかるわけよ。一年って簡単にいうけどサ、これ結構長いのよ。待つのって、なかなか大変だからね。そこを、じっと待つわけ。今サ、‘待ちわびる’なんて言葉は死語だよね。でも、それよ。いや、言うのよ、挽きもの師に。無理に挽くなと。挽きたくなったら挽けと。 そうするとね。思いが強ければ強いほど、待つのは辛い。待ちわびるのを通り越して、‘待ち焦がれる’になってくるんだなぁ。日本には、いい言葉があるよね」
「梅月堂」
主人そっくりの熨斗紙
こだわりのせんべい

 東京文京区白山にある手焼き煎餅を焼く煎餅屋「梅月堂」のご主人、鈴木和夫さんを取材したのが、5年前。それは、紀州備長炭の取材でした。昭和45年以降、炭の質がガクンと落ち、同業者がガスや電気に変えていく中で、あくまで炭にこだわり、全国の炭を自分の足で探し歩いて出会ったのが、紀州備長炭だったというお話を伺いました。
 そんな鈴木さんが焼く、自慢の固くしまった煎餅は、さすがに食べたらやみつき。江戸っ子のチャキッとしたお兄ぃちゃんが、奥歯でガリガリ言わせて食べるのが似合う煎餅です。この煎餅、堅さもさることながら、味も一味違います。
 今回、よくよく伺ってみれば、米は山形の上和田の有機米、タレの醤油は千葉笹川の「澪つくし」、酒は佐賀の古酒「窓の梅」、とろみをつける葛はもちろん吉野葛、しかも隠し味に和三盆を使うというこだわりよう。その鈴木さんがプロデュースして作った木のぐい呑みたちがあるのです。5年という歳月をかけて、ようやく目の前に浮上したというわけです。  
煎餅屋店構え
こだわりの醤油、その他。
左:こだわりの醤油、その他。 右:煎餅屋店構え
手になじむ木のお碗 

 PH・桑(くわ)の汁椀

 かれこれ20年前。米や醤油を探し求めて、日本全国を自分の足で歩くうちに、当然のことのように地方の工芸品が目に触れるようになった鈴木さん。ある福島のデパートの物産店で、白木の椀から塗りの椀までさまざまな日本の椀を見たときに、椀自体に一目惚れ。いつか一生使える自分の椀を作ろうと胸に刻んだと言います。   
 そして6〜7年前、木目が銀に光る銀木(ギンモク)の御蔵島(ミクラジマ)の桑の存在を知り、桑で飯椀と汁椀を挽いてもらったのが、ぐい呑みづくりの始まりです。桑の椀がしっとりと手になじみ、何ともいえない木の柔らかさをここで初めて知ったのです。
「この感覚って、日本にしかないと思うなぁ。木目の優しさや色、言葉にしちゃえば、それまでよ」。たしかに、百聞は一見にしかず。一目見ればその良さは伝わるもの。使えばなおさらでしょう。
 当時、みやげ用に桑や槐(えんじゅ)の“立ち”のぐい呑みはいくらでもありました。その幾つかを挽きもの師からプレゼントされたのをヒントに、ほかの木で挽くとどうなるのかを提案してはじまったぐい呑みづくりだったのです。
 その第一号は、斧折れ樺(かんば)。形は“立ち”でした。形に関しては、一切口出しせずが、鈴木流。挽きもの師にすべて任せます。しかし細部に渡っては、出来上がったものを使うごとに底を薄く、口元を薄くなどの注文を出していきました。そのたびに懐石料理の本、クラフトの本などを携えて、裏磐梯の挽きもの師のところへ足を運んだといいます。そうやって試行錯誤の末にできあがったのが、今回ご紹介する約9点です。
「梅月堂」名物の超固焼きせんべい
木のぐい呑みをつくるきっかけになった桑の汁椀
左:木のぐい呑みをつくるきっかけになった桑の汁椀 右:「梅月堂」名物の超固焼きせんべい
“五感で楽しむ”ぐい呑みたち

1930年代のレジが店先に陣取る 栓のぐい呑み。
 木の種類、ぐい呑みの大きさ、重さ、形などによって微妙にお酒の味を変える木製のぐい呑みたちです。たとえば木の固さによって、同じお酒でも甘く感じたり辛く感じたりするのです。
 取材の日、鈴木さんご持参、冬限定の大阪は秋鹿酒造の吟醸にごり酒「みぞれ模様」を頂きました。栓を抜いた瞬間、空気に触れると繊細な飛沫がシュワーっと音を立てるのがうれしいお酒です。最も固い斧折れカンバのぐい呑みはスキッと辛口に、最も柔らかい紅梅のぐい呑みは、まったりと甘く感じられ、同じお酒もはっきりとその味の差を出したのでした。
「体調に合わせて使い分けるわけですよ。疲れたときは、ちょっと甘めとかね。飲みたいものを、飲みたいときに、飲みたいぐい呑みで飲む。つまりその日の気分や体調、相手、料理、季節などによって、いろいろと組み合わせる楽しさがあるというわけです。いかにその場を自由に楽しむかなんですよ」 
 特に重さは、味の重要な要素の一つということが、実際にお酒をいただいてわかりました。たとえば栓(セン)のぐい呑みは、見た目の木目も美しく、思わず飲んでみたくなるぐい呑みです。ところが、手に持つといかんせん軽いのです。飲み比べるうちに、「重からず、軽からず心地よい重さが必要」なのがわかってきます。これが大切な、日本文化のファジーな感覚なのだそうです。

 形に関しては、最初に作ったのは“立ち”でした。量的にグイグイ飲めて形も美しくという注文で出来上がってきたもので、底が少し角張った、男性的なぐい呑みといえるでしょう。逆に女性ならば、“平”もしくは“丸”がお薦め。「“平”や“丸”は飲み干すときに、“立ち”ほど顎を上にあげなくても大丈夫。年令の出やすい首筋をみせなくて済むんですよ」と、細かいご配慮です。
「とにかく、見て触って、音で聞いて、味わって、香りを嗅いで、愛でる」 お酒を五感で飲む楽しさを教えてくれるのが、木のぐい呑みだといいます。
 なるほど。日本酒をいとおしむ鈴木さんならではのお言葉です。
「だって、日本人なんだからさぁ」 
左:1930年代のレジが店先に陣取る  右:栓のぐい呑み。細かい木目が美しく、思わず手に取りたくなるが……
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“待ちわびる”ぐい呑みたち

“待ちわびて”出来上がったぐい呑みたちは、どれもいとおしい一品ぞろい。しかし大切なのは、このぐい呑みたちを参考に、「自分の世界をつくること」。それぞれを飲み比べて自分自身のぐい呑みをみつけてみてください。 
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1・斧折れ樺(おのおれかんば)
2・神代欅(じんだいけやき)
3・タモ
1・斧折れ樺(おのおれかんば) 2・神代欅(じんだいけやき) 3・タモ
日本で2番目に比重が大きく、固い木といわれる。色は薄いピンク。 酒は辛口になる。ウレタン仕上げ
何千年と腐らずに地中にあった埋もれ木を神代という。欅と違って、神代欅は酒が旨くなる。拭漆仕上げ
年輪の美しいタモは、野球のバットなどに使われるほど建材としては優良な材。ぐい呑みとしては、酒がかなり甘めになる。
4・メイプル
5・黒檀(こくたん)
6・神代桂(じんだいかつら)
4・メイプル 5・黒檀(こくたん) 6・神代桂(じんだいかつら)
玉目(タマモク)がいくつも浮き出て興を誘うが、このようなものは珍しい。
比較的固いコクタン。家具調度品に使われる。拭漆仕上げ
固さとしてはちょうど中間にあたる神代桂は、料理の邪魔にならず、それでいて酒を主張もさせず、食物をおいしくさせる。
7・神代桂
8・栓(せん)
9・紅梅 (こうばい)
7・神代桂 8・栓(せん) 9・紅梅 (こうばい)
“平”や“丸”は、女性向けの形。
この挽き方では軽すぎて酒が旨く感じられなかった。内側と底がウレタン仕上げで、あとは拭漆仕上げ。
導管が赤いといわれる紅梅は木そのものが赤みを帯びた色。柔らかいので、酒は甘口に。馬上杯で。拭漆仕上げ
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