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| いくつの時でしたでしょうか、多分60歳か70歳のときだったと思います。人間国宝に指定するという話が持ち上がりましたが、即座にお断りしました。推挙してくださった理由がどこにあるのかわかりませんが、多分、帰化系豪族である秦氏の時代から、1500年余り続くといわれる西陣織を伝承し続けてきたことを評価してのことだったのだと思います。けど、私はそんな古臭い人間ではありません。私はその伝統的といわれる技術を今に置き換え、工夫し、新しいものを作り続けてきたのです。ただ、古いものを写すような仕事はしたくない。そんなこと誰にでもできる。私は誰にもでけへん仕事をしたいんです。その頃私は、西陣に発達してきた数々の高等技術が、今まさに滅びようとしていることを実感していました。何とか残したい、それは西陣に生まれ、西陣の織物に携わってきた者として課せられた、使命ではないだろうかと考えていました。 |
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……確かに戦後の日本における着物の大衆化は、多くのものを西陣にもたらした。と同時に、大量生産のための機械化がなされ、自動化の技術開発に力が注がれたことは、確かな事実である。そのために、職人の手仕事が失われてきたのであった。職人の繊細な手仕事は、自動化された力織機による生産より遥かに優れた品質をもたらすことを無視し、数字に置き換えてきた。その結果職人は減り、悲しいことに今の西陣を見ると風前の灯火である。そして、源氏物語錦織絵巻の構想が持ち上がった。西陣のトップランナーとして歩んできた山口さんだからこそ、織らねばならない必要があったのである…… |
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| 着物は将来どうなるんやろう。残るんやろうか。身近な存在として着物がなくなった今、当然のように帯は売れません。これではあきまへんな。私らは、織物の技術を後世に伝えなければならんのです。何よりも織りが好きなんですわ。そのためには、経済活動のための織りではなく、誰もが納得する美術品としての織物を作らなければあかんと思いました。誰にもまねの出来ない、私だけの技術を駆使した新しい作品を残そうと思ったんです。隆能源氏(源氏物語絵巻。国宝として一部現存)に出会い、これに挑戦しようと思ったのは今から30年ほど前、70歳のときでした。無茶やという人もいましたけど、挑戦するには不足の無い相手でした。藤原隆能(ふじわらのたかよし)の時代の絵巻物は、顔料の種類も少なく、何よりも褪色し、剥落も激しいものでした。これをそのまま写すのではありません。最初の作業は、日本画家に御願いして、修復するように剥落部分をたどりながら再生し、下図を作ることでした。そして、明治時代に西陣の先輩たちがフランスまで行って教えを乞い、導入したジャガード織の技術を使いました。私はプロデューサー的立場で、優れた西陣の職人たちを十数名結集させました。その技術は、古くは中国から伝来した紋様織物の技術であり、近くはフランス・リヨンに教えを乞うたジャガード織の技術、他においても、多くの染色技術を集約し駆使することになったのです。その過程において、織物としての表現が不可能とされる表現においても、画期的ともいえる手法を駆使しながら織り続けたのです。織るごとに、新たなる技術革新となっていったといえるでしょうな。 |
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| ……ジャガードは、穴のあいている紋紙の位置によって、糸が上がる分がきまる。紋様が細かくなるほど紋紙の数は多くなる仕組みだ。糸が上がるか下がるかという二進法の考え方は、コンピュターの構造により近く、その考え方を取り込んで、現在では紋紙に代わりフロッピーデスクが使われ、織るための情報をコンピューター化することが出来た。鎌倉時代の隆能源氏の絵巻物を、最先端技術が解析し、伊太郎源氏を織り出しているのである。使われる糸についても、永遠とはいわないまでも、少なくともおよそ200年、300年は褪色しないような綺麗な色にケミカルで染め上げている。この絵巻物を手にとるとき、誰しもが深い感動に満ちてくるに違いない。人物の衣の皺まで見てとれる。廊下のシミ、竹の凹凸の質感、薄衣の透かしにおいては、腕が透けて見える。実感そのままである。かつてこんな織物があっただろうか。…… |
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現在までに33年間、年間5千万円の費用をかけて私らは織り続けています。今年第三巻目がやっと完成しました。すでに完成している第一巻、第二巻は、フランスのルーブル美術館のうち、東洋美術専門のギメ美術館に寄贈いたしました。闇雲に寄贈したいといって一方的に申し入れても、その価値が認められなければ受け取ってもらえません。この作品が、アジア織物の収集、保存、研究の第一人者であった、故クリシュナ・リブー女史によって、織物による絵画的表現技術の高度さとその完成度が他に類をみないものとして評価されました。ギメ美術館においては、生存中の作家による作品の収蔵は基本的には行わないとする前提があるにも関わらず、例外的に収蔵される事になりました。合わせてフランス芸術文化勲章を、光栄にも頂きました。近代における紋様織物技術の分野において、最も重要な技術的発明であるジャガード織りの母国から、これほどの評価を受けたことは感慨無量です。今度出来上がった三巻目も、同様にフランスへ渡ります。できうるならば、世界の5大陸に、この絵巻を残しておきたいと思いますのや。何百年後かの未来を見すえ、そこを目標として「伊太郎源氏」を織り続けているのかもしれません。 |
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| ……残るは第四巻。山口さんにとっては、年齢との勝負といえる。しかし、この人において、自分の持てる技術を総て出し尽くし完成させるに違いない。この絵巻に触れた人たちは、確信するに違いない。それは約束されたことであると思い、信じている。世界に何事があろうとも、多分、一千年後にも存在し、未来の職人たちの羅針盤となるに違いない……(了) |
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