こころカルタ
text by 結木 茜 Akane Yuuki
よゆう
人間、何事も余裕が肝心ですよね。
余裕がなくなると、視野が狭くなるし、思い込みにはいるし、まったく良いことありません。
でも、この忙しい現代において、いかに余裕を持つか。それは大きな課題です。

物理的余裕と、精神的余裕の二つの余裕がありますが、どちらかといえばやはり物理的余裕が大きいのではないかと思います。気持ちの上でどんなに余裕を持とうと思っても、たとえば病気など肉体に負担がかかっているときは無理です。ヨガやハーブなど、相変わらずリラクゼーションが流行っていますが、それもまた、肉体の負担を軽くすることから始まっています。
だから、余裕がなくなっているなと感じたときは、まず体から癒してあげることが大切なんですね。

そして、余裕があるときの自分を忘れないように。
たとえば、私の場合は、余裕があるときは呼吸がゆっくりします。
よく眠れて、動くことが楽です。
人に会うことが苦痛でなく、家にいるより外に出たくなります。
食事に関しても、変な空腹感(飢餓感?)がなく、食べることも楽しめます。
買い物もムダな物は欲しくないけれど、必要のものは買っています。
無意識に「程良く」生きている時って、余裕があるのでしょう。

さらに余裕がなくなっているときは、その原因を明確にすることだけでも違ってくるはずです。
たとえば、誰かと話した一言だったり、
たとえば、体のどこかの痛みだったり、
たとえば、仕事での小さなミスや、次の予定だったり、
余裕がなくなる状態になるきっかけが、必ずあるはず。
できるなら、そのトゲみたいなきっかけを取り除いてみるのです。
たまに痛みが余韻を伴うように、まだ不安が残る場合もあるけれど、やみくもに自分を見失うよりはずっと早く立ち直れるはずです。

それにしても、そんな難しいことを考えなくても、昔の人には余裕があったと思います。
自然と共にゆっくりした時間の流れの中で暮らすこと。
なかでも、知らなくて良いことを知らないままでいられるというのは、特に知りたがりの私みたいな人間にとって、なんと健康的な生き方だろうとつくづく思います。
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