こころカルタ
text by 結木 茜 Akane Yuuki
待つ
「待つ」のが苦手でした。
とにかくせっかちですから、何もしないではいられなくて。
で、もの凄くひどい言い訳なのはわかっているのですが、「待つ」のがイヤなあまり、遅刻してました。
なぜ「待つ」のが苦手かというと、人待ち顔でぼさーっと立ってるところ相手に見られるのが耐えられなかったんです。よくコマーシャルなんかで、不安げな彼女の顔が彼を見つけてぱあっと明るくなるところをアップで写したりするじゃないですか、口を開けて手なんか振っちゃって…「可愛い」ですと!?いや、確かに端から見たら可愛いかもしれませんが、私はとてもはずかしくて、はずかしくて、見ているだけでもぞもぞしてきてしまいます。
でも、最近ようやく待つことができるようになりました。どうしたかというと、「本」です。活字中毒なので、本さえあればどんな所でも、何時間でも平気です。(本を読んで待ってよう!)と思うと、1時間前から待ってられるわけです。ただ、相手が来てもそっちのけで読みふけっていたりするものですから、これも別の意味で不評でして、難しいものです。

今までのは「人待ち」の話ですが、最近学んだことで、とても大切な「待ち」があります。
それは「時(とき)待ち」いわゆる、タイミングのことです。
東京などに住んでいると、とにかく流れが速いので、なんだかわからないけれどみんな焦っているような気がします。行動を起こした結果がすぐ出てこないと不安になること、ありませんか?とにかく、すぐに白黒はっきりさせて、次の手を考えないといけないような気がします。
でも、一体、何に急いでいるのかと時々思うのです。
以前、日本人で世界的なプロのウィンドサーファーが、波を待つ話をテレビ番組で見ました。
それは、一年のうちで4〜5日の間にだけ吹く風があり、天候や風の方向や、海の状況によって年に多くても1回しかチャンスのない波です。その波に乗るために、彼は家族でその浜に移り住んでいます。(外国なんだけど、どこか忘れました)天候によっては、危険だし、風が弱ければ波が立たないし、ということで、その年もたった1日、その日に海が荒れて、「また来年だね」と笑っていました。
とにかく、待ってるだけなんですけれど、それがとても豊かな生き方に見えて羨ましさを覚えた記憶があります。
波と同じように、時を待つのも忍耐が必要です。不安や迷いも出てきます。でも、自分の中に本当に信じられるものがあるなら、それはとても豊かな時間になるのではないでしょうか。そして、案外、自分で決めた時期よりも、そうやって巡って来たタイミングの方が正しかったりするものです。
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