こころカルタ
text by 結木 茜 Akane Yuuki
ふつう
普通という意味の英語を探すと、common,ordinary,normal,average,general,mean,moderate,fair,
usually,normallyという単語が出てきました(ジーニアス和英辞典より)。英語圏の方々は、なにかこの言葉に特別の思いがあるのかしらと思うぐらい、細かく区別されてますね。

で、今回のテーマはその中でも一番フツウなcommon(ありふれた、とも訳されます)の普通について。

普通であることを、あなたはどう感じるでしょうか?
少し前には、若い、特に女の子の中に、「普通」と言われることをとても嫌がるコがいました。
仮に反対語を「特別」とするなら、普通を嫌がることは、自分が特別であると思っている(又は、思いたい)のだと思います。
最近のお嬢さんたちは、また違って、「最近どう?」と聞くと「フツー」と答えます。「なんか良いことあった?」と聞くと「ビミョー」……何を聞いても、「フツー」か「ビミョー」なので、なんだか言葉と言うより動物の鳴き声みたいに感じます。

普通であるということは、変化がない、つまり変わらないのですから、本来とても力を持っていると思うのです。「普通の人」と言われても、決して恥ずかしいことではありません。
ただ、そう言われて抵抗があるとするならば、なにか大きな流れの中に自分が埋没してしまうような、自分を失いような気がするからではないでしょうか。
その違いは、一つには主体的に普通か、客観的に普通かの違いにあるのでしょう。

主体的な普通さというのは、つまり平常心を保てるということです。
何が起きても動ずることなく、淡々と同じ事を継続してできる……と聞くと、強い感じがするでしょう。
逆に客観的に普通と言われると、目立たないとか、印象が薄いと言われたように感じる場合もあるでしょう。だったら開き直って、主体的に普通であることに誇りを持ちましょう。
常に普通でいられる人って、意識しないですごい結果を出せるのです。目立たないだけに、逆に凄い人だと思われているかもしれません。
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