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昔、エアコンのなかった時代には、夏になると住まいも夏向きに模様替えをしました。障子や襖をはずして簾(すだれ)や簀戸(すのこと)を入れ、団扇なども置き、いかにも涼しそうにしつらえたものでした。このような光景を捉えて、典型的な夏の姿として「夏座敷」という言葉が季語として使われています。
比叡山のお寺を訪ねたとき、そこのご山主(住職)さまのお部屋が見事なほど端正な夏座敷であったことが思い出されます。お坊さまの姿も夏のもので、薄物の衣を身に纏われた容姿は涼やかでとても美しく、日本の夏の美を見せていただいた気持ちになりました。
普段の暮らしの中においても、例えば洋風のお部屋だったら、置いてある調度品などをガラスのものに替えるだけで、随分夏らしくなるものです。花瓶をやきものからガラスに替えたり、クーラーのある部屋であっても団扇を団扇立てに立てかけて置物代わりにしてみたりと、気軽な発想でお部屋の趣を変える事が出来ると思います。何よりも大切な事は、私たちが昔から伝えられて来た日本の家庭の暮らし方、つまり季節を楽しみながら営みをして来た感性を忘れずにということなのです。このような素地があったからこそ、俳句が生まれたのだろうなと、私は思っています。
「夏座敷」といえば、母の手料理を思い出します。夏向きに模様替えをした夏座敷にお客さまをお招きした時、母は必ずといってよいほど、穴子寿司を作っておもてなしをしていました。江戸っ子だった母は、穴子寿司がとても好物であったことから、用意していたのだと思います。子供心にお客さまのお下がりがいただけるのではないかと、とても楽しみだったことを思い出します。穴子の骨は細かくて喉に引っかかると抜けにくいという難点がありますから、骨抜きは丁寧にすることが必要です。母は毛抜きのようなもので骨を除いていました。穴子を煮た後の煮汁を煮詰めた、甘辛いたれが何といっても味の決め手といえるでしょう。
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