完璧な酒のあるのところに美味い料理は存在しない。これは、不肖私の体験的考察による食の方程式のケツロンである。
イギリスはこれに値する…と、思っていた。
何といっても完璧な酒、スコッチのある国なのだから。
Text : Tomoko Takahashi
Photo : kumasegawa
この港は、北海を漁場とする良港だという言葉どおり、よく整備されていた。その一角に、案内人が推薦するレストランがあった。お腹もすいてきたし、カメラマンとの打ち合わせもしなければならない状況もあって、そのレストランへ直行した。案内人は上機嫌で「ここの料理は、なかなかのもの。僕のおごりだ。堪能してくれ」と言う。彼のもてなしをありがたく受けることにした。礼を言う間もなく黒ビールが並び、我々の目の前に山のようなフィッシュアンドチップスが運ばれたてきた。そのときの本音としては、“シマッタ”といった心境だった。フィッシュアンドチップスを目のかたきにするわけではないが、それまでの認識では、決して美味しいものとは言えなかったのだ。案内人の心配りも考えなければならないし、露骨に断れば角が立つ。笑顔で受け入れることにしたが……まだ午前11時である。カメラマンは、すでに仕事は上の空。ジョッキのビールは瞬く間に減っていく。もう、今日の収穫は期待せぬことにしようと思いながら、フィッシュアンドチップスを消極的に口にした。
その途端、私の先入観は払拭されることになった。「うまい!」カラリと揚げられたタラのフリッターが、抵抗なく口にできた。油っこさが感じられないのだ。それに、水っぽさがうまみをそこなう原因となっていたタラの身は、弾力のある締まった食感で、ただ塩をぱらりとふりかけるだけで充分満足できるものだったのである。これは、タラが新鮮である証拠。その他に、オヒョウのソテーレモンソースなどというメニュウもあって、タラ系の素材を使った料理をあれこれ工夫して出していた。ここにきたら、こんな料理もお薦めである。いつでも、すっとぼけたような案内人だったが、けっこう解かっていたのだと見直さずにはいられなかったが…しかし、ビール腹にはまいった。その日、なかなか陽の暮れないオークニーの白夜をよいことに、延々と飲み続けられたことは、いうまでもない。
シングルモルトのスコッチが並ぶパブ。アルコールが弱というと、
ウイスキーをベースにしたカクテルもあるとすすめられた。
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オークニー島を訪れたのは、6月であった。すでに夏の周期になっている。そのために、昼時間が長く夜は、寝てはソンだというばかりに短かった。ここならではのスポーツがミッドナイトゴルフだろう。ゴルフ場は、街から車で20分ほどのところにある丘陵地。集合はミッドナイト、つまり、夜中の12時。当然ながら、まだまだ明るい時間だ。スタートし、アッチへコロコロ、コッチへコロコロと追いかけながら芝生を歩く。
そのうちに、空一面がバーミリオン・オレンジに色づくと、闇のない夜がやってきた。薄明かりの中、追いかけるゴルフボールが鈍く光っている。こんな明るさの中でもボールがわかるように、蛍光塗料が塗られているのだ。カメラマンは、宮元武蔵のごとく二刀流だった。ゴルフクラブを背負いながら、カメラを離すことなく、刻々と変化する空模様を追いかけてはショットするという芸当をみせ、案内人を感心させた。ゴルフのスコアがどうのこうのと語るよりも、私にとっては、頭上で繰り広げられた大空の白夜のショーに感動した時間だった。地球は丸く、そして、「北緯」という緯度の意味を体感するひと時。夜中にゴルフなど、もの好きなヤツと思っていた私だったが、まんざらでもない体験だった。しかし、案内人曰く、ミッドナイトゴルフをするような地元のもの好きはいないという。こんなことをやるのは、ほかからやってきた観光客だけ……。
オークニー島には、古代の遺跡がある。それは海沿いの地形を利用した場所で、紀元前3000年くらい前のものだそうだ。学術的なことを詳しく解説する案内人ではなかったので、きちんと紹介できないのが残念であるが、とにかく、紀元前のその時期におよそ600年ほど使われ続けた集落であったという。その集落は半地下の状態で保存され、我々は、地上から覗き込むようにその住居跡を見学することができた。その住居跡は、きちんと利用する目的に応じて部屋が造られていて、紀元前という時間を感じさせない不思議な空間だった。スカラ・ブラ(正しい発音は定かならず・Skara Brae)と呼ばれ、細い廊下でそれぞれの部屋がつながった家である。ちゃんとトイレのような場所も存在するし、部屋の礎石も、細かな石と平たい石を交互に積み重ねて強度を保つような造り方が見てとれる。
この遺跡は広い砂浜のある海岸線から数分の場所である。紀元前においてもこの位置関係にあったとも思えないが、ここに住んでいた人々はおおいに海を活用したに違いない。かつて聞いた話だが、我々モンゴロイドの祖先は、その進化の過程において北へ北へと歩み、北極を越えアメリカ大陸へ移動したといわれている。その足跡は、現在も北極圏で生きるイヌイットの姿に見ることが出来るのだ。それを思い出したとき、この北方の地で生きた人々が、モンゴロイドの血脈ではなかったのだろうかと想像した。大昔のある日ある時、この浜辺から北を目指し、旅立ったのではあるまいか。まるで、昨日まで住んでいたかのようなこの遺跡を見ながら、私は密かに感動していた。
海辺で発見された紀元前の住居跡。
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たった一日、フリーの時間ができた。前日取材をしたハイランドパークのスコッチ・ウイスキーに魂を抜き取られたカメラマンは、再び蒸留所に行きたいという。案内人は、休日なのだから趣味のフライフィッシュをやらせてくれという。崩壊寸前のチームに、救世主が現れた。ハイランドパークを案内してくれたアルバート氏。本来彼は、エジンバラに住んでいるのだが、我々が取材に来るというので、わざわざオークニーまで足を伸ばしてくれたのである。誠に紳士的であるし、何と行ってもその話し方が静かで重厚。何だかわからないアジア人であるにもかかわらず、誠意にみちた対応をしてくれたのである。アルバート氏は、途方にくれる私をやさしくエスコートし、「湖へボート遊びにいきませんか。そばにクラブハウスもありますから、ハイティーをご一緒に」と誘ってくれた。
私がおおいに盛り上がっていると、鈍感な案内人はそこに同乗させてくれという。長年腕を磨いているフライフィッシュを、その湖でやりたいと、強引にアプローチ。アルバート氏は、断る理由もないので、「じゃあ私もフィッシィングをしましょう」ということになってしまった。湖へのボート遊びがどのようになったのか、おわかりになるだろうか。静かなボート遊びは、フライング自慢となった。手首のこなし方や、糸の投げ込み方を実に丁寧に教える案内人。まさに、埋もれた才能だ。その微妙なテクニックに私は知らないこととはいえ、興味を覚えたことは確かである。
してやられたという感もあった。特に夢中になったのは、疑似餌となる毛バリである。芸術品といっても過言ではない、その美しさ。疑似餌は基本的に自分で作るのだという。
静寂に包まれた湖に、「ヒュー、ヒュー」という釣り糸が風を切る音が聞こえる。フライフィッシュは、それを繰り返して鱒やシーバスと騙し合うゲームである。こうして、二人は夢中になって釣り糸を投げ合い、私は、魔法瓶の紅茶をすする一日だった。その日の獲物は? ネッシーでも釣ったといっておきましょうか。
フライフィッシングを教えてくれたアルバート氏。コツは?と聞くと、リズムが一番大切だとのこと。
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最終日、この島を去るとき、案内人は、オークニー島の名産品を記念にと、贈り物をしてくれた。包みを開けると、それは、オートミールであった。それも1ポンドの缶!ありがとう、決して忘れない。
ソニア御用達の
ちっちゃなパン屋
〜パリ
優雅な散歩を
楽しみませんか
〜東京散策
「極上のいっぷく」
のおはなし
〜タスマニア
不思議の島
オークニー島
〜前編
・
後編
「我、ヴェトナムに遭難せり」
実に幸福な前編
危機迫る後編
グルリ下北半島、
食の旅
前編
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後編
箱詰めにされていた中央アジアへの旅
銀座路地裏ワンダーランド
庭園という小宇宙を歩く
美しき働き着
刺し子
杭州をゆく前編
銘酒の街・紹興後編
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